ガザ情勢の報道比較
ガザ情勢の報道比較(2026年10月18日):ドローン攻撃と入植者暴力の発表
直近36時間、ガザでの死者発表と西岸地区での入植者による襲撃をめぐり、アラブ・パレスチナ側、イスラエル側、欧米、国連の報道を並べて比べた。
STRATTACT編集部
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Conflict
ガザ地区は、地中海に面した長さ約40キロメートル、幅6〜12キロメートルほどの土地に約200万人が暮らす。イスラエルとパレスチナの対立の中でガザがたどった歴史と、2023年10月以降の戦争、停戦と和平計画の現在を、双方の主張を区別して整理する。
STRATTACT編集部
ガザ情勢の報道比較
直近36時間、ガザでの死者発表と西岸地区での入植者による襲撃をめぐり、アラブ・パレスチナ側、イスラエル側、欧米、国連の報道を並べて比べた。
STRATTACT編集部
比較に使う情報源: アラブ・パレスチナ側の報道(Al Jazeera English、WAFA(Google ニュース経由)・国営)/イスラエル側の報道(The Times of Israel(Google ニュース経由)、The Jerusalem Post、Haaretz(Google ニュース経由))/欧米の報道(Reuters(Google ニュース経由)、AP(Google ニュース経由)、BBC News(中東))/国際機関(UN News(中東)、OCHA・UNRWA・WHO(Google ニュース経由))
この背景レポートは、ガザをめぐる対立の歴史の流れをまとめたものだ。同じ出来事を、イスラエル側とパレスチナ・アラブ側は違う言葉で呼び、違う意味を与えている。この記事では、双方の呼び方や主張を「〜側は〜と呼ぶ」「〜は〜と主張している」と書き分け、国際機関の判断と区別した。毎日の報道の比較は「ガザ情勢の報道比較」で伝えている。
第一次世界大戦後、パレスチナは英国の委任統治領となった。ユダヤ人の移住が増え、アラブ系住民との対立が深まる中、国連総会は1947年11月、パレスチナをユダヤ人の国家とアラブ人の国家に分ける分割案(決議181)を採択した。1948年5月にイスラエルが独立を宣言すると、周辺のアラブ諸国との戦争になった。
この戦争で、70万人前後のパレスチナ人が故郷を離れ、難民となった。イスラエルではこの戦争を「独立戦争」と呼び、パレスチナ側は「ナクバ(大災厄)」と呼ぶ。多くの難民がガザに逃れ、ガザの人口の大部分は、いまも難民とその子孫が占める。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が1949年に設立され、教育・医療などの支援を担ってきた。戦争の後、ガザはエジプトの管理下に置かれた。
1967年6月の第3次中東戦争(イスラエルでは「六日戦争」)で、イスラエルはガザ地区とシナイ半島、ヨルダン川西岸、東エルサレム、ゴラン高原を占領した。国連安全保障理事会の決議242は、占領した地域からの撤退と、すべての国の安全な国境の中での生存の権利の尊重を求めた。イスラエルはその後、ガザにも入植地を作った。
1987年12月、ガザから占領に反対する大規模な民衆の抵抗運動(第1次インティファーダ)が始まった。同じころ、エジプトのムスリム同胞団の流れをくむイスラム主義の組織ハマスが結成された。ハマスはイスラエルの存在を認めず、武装闘争を掲げた。イスラエル・米国・EU・日本などは、ハマスをテロ組織に指定するか、資産凍結などの対象にしている。
1993年と1995年、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)はオスロ合意を結び、互いを承認して、ガザとヨルダン川西岸でパレスチナの暫定自治を始めることに合意した。パレスチナ自治政府(PA)が発足したが、国境、エルサレムの地位、難民の帰還、入植地などの最終的な地位の交渉はまとまらなかった。2000年のキャンプ・デービッド首脳会談の失敗の後、第2次インティファーダが起き、自爆攻撃と軍事作戦で多数の死者が出た。
2005年、イスラエルのシャロン政権はガザの21の入植地と軍を撤退させた(一方的撤退)。ただし、イスラエルはその後もガザの空域・領海と、エジプトとの境界を除く出入り口を管理した。イスラエル政府は撤退で占領は終わったとしているが、国連や多くの国際法の専門家は、境界・空域・海域の管理が続く以上、占領の状態は続いているとみている。
2006年のパレスチナ評議会の選挙でハマスが勝利した。主流派ファタハとの対立は2007年6月の武力衝突に発展し、ハマスがガザを掌握した。以後、ガザはハマス、西岸は PA が治める分裂の状態が続いた。
イスラエルとエジプトはガザの境界の人と物の出入りを厳しく制限した(封鎖)。イスラエル政府は、ハマスの武器の入手やロケット弾の攻撃を防ぐための安全保障上の措置だとしている。国連や人権団体は、住民全体を罰する「集団的懲罰」に当たり、人道危機をもたらしていると批判してきた。この間、ハマスなどのロケット弾攻撃とイスラエル軍の空爆・地上作戦が繰り返され、2008〜09年、2012年、2014年、2021年などに大規模な戦闘が起きた。
2023年10月7日、ハマスが主導する武装勢力がガザからイスラエル南部を襲撃した。イスラエル側の発表では、約1200人(多くが民間人)が殺害され、251人が人質としてガザに連れ去られた。イスラエルはハマスの壊滅と人質の解放を目的に、ガザで大規模な空爆と地上作戦を行った。
ガザの保健当局(ハマスが統治する保健省)の集計では、2026年9月末までにガザのパレスチナ人の死者は7万5000人を超えた。イスラエル政府は、この集計は戦闘員と民間人を区別しておらず信頼できないとしている。国連機関はこの集計を、過去の戦闘で信頼性が確かめられたものとして引用しており、医学誌などの研究には、実際の死者はさらに多いとする推計もある。ガザの住民のほぼ全員が避難を強いられ、建物やインフラの多くが破壊された。国連などが関わる総合的食料安全保障レベル分類(IPC)は2025年8月、ガザ市周辺で飢饉が起きていると判断し、イスラエル政府はこれに反論した。
国際司法裁判所(ICJ)では、南アフリカがイスラエルをジェノサイド条約違反で訴えた裁判が続いている。国連の調査委員会は2025年9月、ガザでジェノサイドに当たる行為があったと結論づけた。イスラエル政府はジェノサイドの主張を強く否定し、ハマスが民間の施設を軍事利用しているため被害が広がったと主張している。国際刑事裁判所(ICC)は2024年11月、戦争犯罪などの疑いで、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相、ハマスの軍事部門の指導者に逮捕状を出した。イスラエルと米国は ICC の判断を認めていない。
2023年11月と2025年1月に一時的な停戦が成立し、人質とパレスチナ人の収監者の交換が行われたが、いずれも戦闘の再開で終わった。2025年9月29日、米国のトランプ大統領が包括的な和平計画を発表し、イスラエルとハマスは第1段階に合意して、2025年10月10日に停戦が発効した。生存していた人質は解放され、パレスチナ人の収監者が釈放された。国連安全保障理事会は2025年11月17日、この計画を支持し、「平和評議会(Board of Peace)」と国際安定化部隊(ISF)の設置を認める決議を採択した。
報道によると、2026年7月にはハマスのガザの行政組織が辞任し、7月31日には、ハマスなどの武装組織の武装解除の行程について合意したと平和評議会が発表した。武装解除は、復興の進展とイスラエル軍の撤退を条件とするとされる。ただし、ハマスはイスラエル軍の完全な撤退の前には武装解除しないとの立場を示していると伝えられ、停戦の後もイスラエル軍の攻撃による死者が出ている。イスラエル政府は、ハマスの武装解除が撤退の前提だとしている。
参考: Wikipedia「History of the Gaza Strip」(2026年10月17日閲覧)、Wikipedia「Gaza war」、Wikipedia「Oslo Accords」、Wikipedia「Israeli disengagement from Gaza」、Wikipedia「Blockade of the Gaza Strip」、Wikipedia「Gaza peace plan」、Wikipedia「Casualties of the Gaza war」、国連 OCHA パレスチナ被占領地事務所、国際司法裁判所「南アフリカ対イスラエル」
STRATTACT編集部が公開資料をもとにまとめました(2026年10月17日更新)。AIを記事の執筆の補助で使用しています。