ウクライナ戦況の比較
ウクライナ戦況の比較 2026年10月18日 双方の空爆発表と地上戦の評価
ウクライナ軍とロシア国防省の発表、ISWなど第三者の評価を並べた。18日未明から直近36時間の材料に基づく。地上戦の位置づけは双方で食い違う。
STRATTACT編集部
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Conflict
ロシアとウクライナの戦争は、2014年のクリミア併合とドンバスの戦闘に始まり、2022年2月の全面侵攻で欧州で第二次世界大戦以来最大の戦争になった。両国の歴史的なつながりと争点を、双方の主張を区別しながら時代順に整理する。
STRATTACT編集部
ウクライナ戦況の比較
ウクライナ軍とロシア国防省の発表、ISWなど第三者の評価を並べた。18日未明から直近36時間の材料に基づく。地上戦の位置づけは双方で食い違う。
STRATTACT編集部
比較に使う情報源: ウクライナ側(ウクライナ軍参謀本部(Telegram)、ウクライナ空軍(Telegram)、DeepState(Telegram)、Ukrinform・国営)/ロシア側(ロシア国防省(Telegram・英語版)、Rybar(Telegram・英語版)、TASS・国営)/第三者の評価・報道(ISW(Google ニュース経由)、Reuters(Google ニュース経由)、AP(Google ニュース経由)、Meduza(英語版))
この背景レポートは、ロシアとウクライナの戦争を理解するための歴史の流れをまとめたものだ。歴史の解釈そのものが争点になっているため、双方の政府の主張は「ロシア政府は〜と主張している」「ウクライナ政府は〜としている」と書き分け、国際機関の判断や、多くの研究者が認める事実と区別している。毎日の戦況は「戦況の比較」で、双方と第三者の発表を並べて伝えている。
9世紀から13世紀にかけて、現在のキーウ(キエフ)を中心に「キエフ・ルーシ(ルーシ)」と呼ばれる国家があった。988年ごろにキリスト教(東方正教)を受け入れ、東スラブの文化の源流とされる。13世紀のモンゴルの侵攻で衰え、その後、現在のウクライナの土地の多くはリトアニア大公国・ポーランドの支配を受け、東部ではコサックの自治が生まれた。
ロシアのプーチン大統領は2021年の論文などで、ロシア人とウクライナ人は「一つの民族」だと主張している。ウクライナ政府と多くの歴史家は、ウクライナは独自の言語・文化・政治の歴史を持つ別の民族であり、キエフ・ルーシの歴史はウクライナの歴史の一部だとしている。どちらの見方をとるかが、現在の戦争の正当化や評価と結びついている。
17世紀以降、ウクライナの東部はロシアの影響下に入り、18世紀までにロシア帝国に組み込まれた。帝政ロシアは19世紀にウクライナ語の出版を制限する措置をとった。1917年のロシア革命の後、ウクライナでは独立の動きがあったが、内戦を経て1922年にソ連を構成する共和国の一つになった。
1932〜33年には、ソ連の農業集団化と穀物の強制的な徴発のもとで大規模な飢饉が起き、ウクライナで数百万人が亡くなったとされる。ウクライナではこれを「ホロドモール」と呼び、ウクライナ人を狙ったジェノサイドだとしている。多くの国の議会がジェノサイド、または人道に対する罪などと認定する決議をしている。ロシア政府は、飢饉はソ連の多くの地域を襲ったもので、特定の民族を狙ったものではないとしている。
第二次世界大戦ではウクライナが独ソ戦の激戦地となった。1954年、クリミア半島はソ連の中でロシア共和国からウクライナ共和国に移された。
1991年8月、ウクライナはソ連からの独立を宣言し、12月の国民投票で9割を超える賛成で承認された。クリミアでも過半数が賛成した。独立時のウクライナには、ソ連が配備した核兵器が残され、一時は世界で3番目に大きい核戦力を持つ形になった。
1994年12月、ウクライナは核兵器を放棄して核拡散防止条約(NPT)に加わり、米国・英国・ロシアは「ブダペスト覚書」で、ウクライナの独立と主権、既存の国境を尊重し、武力による威嚇や行使を控えることを約束した。ウクライナ政府は、ロシアの2014年以降の行動はこの約束に違反するとしている。
ソ連の解体後、クリミアのセヴァストポリにあった黒海艦隊の扱いが問題になった。1997年の協定で艦隊は分割され、ロシアはセヴァストポリの基地を借りて使い続けることになった(2010年の協定で期限を2042年まで延長)。クリミアにはロシア語を話す住民が多く、ロシアにとっては海軍の拠点としての重要性もあった。
2004年の大統領選挙で、親ロシアとされたヤヌコーヴィチ氏の当選が発表されると、不正を訴える大規模な抗議運動(オレンジ革命)が起き、やり直しの選挙で親欧米派のユシチェンコ氏が当選した。2010年の選挙ではヤヌコーヴィチ氏が当選した。
2013年11月、ヤヌコーヴィチ政権が EU との連合協定の署名を見送ると、キーウの独立広場(マイダン)を中心に抗議運動が広がった(ユーロマイダン)。2014年2月、治安部隊との衝突で多数の死者が出た後、ヤヌコーヴィチ氏はキーウを離れ、議会が大統領の解任を決めた。ウクライナではこれを「尊厳の革命」と呼ぶ。ロシア政府は、欧米が支援した「違法なクーデター」だと主張している。
2014年2月末、所属を示す記章のない武装した部隊がクリミアの議会や空港などを押さえた。ロシア政府は当初、自国軍の関与を否定していたが、後にプーチン大統領がロシア軍の関与を認めた。3月16日に住民投票が行われ、ロシアは賛成多数として3月18日に併合を宣言した。
国連総会は2014年3月27日、決議68/262(賛成100、反対11、棄権58)で、住民投票は有効ではないとし、ウクライナの領土の一体性を確認した。ロシア政府は、住民の自決の権利にもとづく正当な手続きだったと主張している。日本を含む多くの国は併合を認めず、ロシアに制裁を科した。
2014年4月以降、東部のドネツク州・ルハンスク州で、親ロシアの武装勢力が庁舎などを占拠し、「ドネツク人民共和国」「ルハンスク人民共和国」の樹立を宣言した。ウクライナ軍との戦闘が続き、7月にはマレーシア航空17便が撃墜されて298人が死亡した。オランダの裁判所は2022年、ロシアの軍の防空システムによる撃墜と判断し、ロシアは関与を否定している。
ウクライナ政府と多くの国は、ロシアが兵員・武器を送り込んで武装勢力を支えていたとしている。ロシア政府は長く正規軍の関与を否定し、ロシア語を話す住民を守るための「内戦」だと主張してきた。2014年9月と2015年2月にミンスク合意が結ばれ、停戦や重火器の撤去、地方の特別な地位などが定められたが、停戦違反が続き、合意は十分に履行されなかった。
2021年からロシアはウクライナの国境付近とベラルーシに大規模な部隊を集め、北大西洋条約機構(NATO)が今後拡大しないことの法的な保証などを米国・NATO に求めた。2022年2月21日、ロシアは二つの「人民共和国」の独立を承認し、24日、プーチン大統領は「特別軍事作戦」の開始を宣言して、北・東・南からの侵攻が始まった。
ロシア政府は、作戦の目的を、ドンバスの住民の保護、ウクライナの「非軍事化」と「非ナチ化」、NATO の拡大への対抗などと説明している。ウクライナ政府と多くの国は、主権国家への違法な侵略だとしている。国連総会は2022年3月2日、ロシアの侵略を非難し即時の撤退を求める決議(賛成141、反対5、棄権35)を採択した。
ロシア軍はキーウ近郊から撤退した後、東部と南部に戦力を集めた。2022年秋のウクライナ軍の反攻でハルキウ州の大部分とヘルソン市が奪還された。ロシアは2022年9月、ドネツク・ルハンスク・ザポリージャ・ヘルソンの4州の「併合」を宣言したが、国連総会はこれも無効とする決議を採択している。2023年のウクライナの反攻は大きな成果を上げられず、その後はロシア軍が東部で少しずつ前進する消耗戦が続いている。国際刑事裁判所(ICC)は2023年3月、ウクライナの子どもの不法な移送の疑いで、プーチン大統領らに逮捕状を出した。ロシアはこれを認めていない。
前線では、双方が小型の偵察用ドローンと FPV ドローンを大量に使い、電子戦との攻防が続いている。ロシアはイラン設計の一方向攻撃型無人機をウクライナの都市やエネルギー施設への攻撃に使い、ウクライナは長距離無人機でロシア国内の石油施設や飛行場を攻撃している(特集「ドローンが変えた戦争」)。
2022年3月にはベラルーシとトルコで停戦の協議が行われたが、中断した。2025年以降、米国の仲介などで協議が再開され、捕虜の交換などは行われているが、2026年10月時点で停戦は成立していない。ロシア側は、占領した地域と自国が主張する4州全体のロシア領としての承認、ウクライナの NATO 非加盟の保証、軍の規模の制限、制裁の解除などを求めているとされる。ウクライナ側は、停戦、ロシア軍の撤退、捕虜と連れ去られた子どもの帰還、戦争犯罪の責任の追及、再侵攻を防ぐ安全の保証などを求めている。
2026年10月17日にも、ウクライナ軍参謀本部とロシア国防省はそれぞれ、前線での戦闘や、相手の無人機・ミサイルによる攻撃とその迎撃を発表している。死傷者の数は、双方が相手の損害を大きく、自らの損害を小さく発表する傾向があり、独立した検証は難しい。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、確認できた民間人の死傷者を定期的に公表しており、実際の数はそれより多いとしている。
STRATTACT は、これらの発表を並べ、一致する点と食い違う点を毎日の「戦況の比較」で示している。
参考: Wikipedia「Russo-Ukrainian war」(2026年10月17日閲覧)、Wikipedia「History of Ukraine」、Wikipedia「Holodomor」、Wikipedia「Budapest Memorandum」、国連総会決議68/262「ウクライナの領土の一体性」(2014年3月27日)、国連総会決議 ES-11/1「ウクライナに対する侵略」(2022年3月2日)、Wikipedia「Minsk agreements」、Wikipedia「Peace negotiations in the Russo-Ukrainian war (2022–present)」、国連 OHCHR ウクライナ人権監視団
STRATTACT編集部が公開資料をもとにまとめました(2026年10月17日更新)。AIを記事の執筆の補助で使用しています。